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ついにダウン

2011-10-25
昨日の夜、ちょっと発熱したので大事をとって、
同じ宿の日本人2人組に日の出ボートに誘われたけど行かなかった。

今朝は、本調子ではないもののそこまで体調も悪くなかった。
10時40分 ムガルサラーイ駅の列車に乗るために
8時には宿をチェックアウト、オートリキシャに乗る。

これが、ひどかった。
ガンガを渡ってからというもの
砂埃と排気ガスで新品のマスクが真っ黒になった。

何の工事か知らないけどダンプが50台以上
列をなしていて、その間をすり抜けていくオートリキシャの
運転の荒さと排気ガスに完全にやられた。

1時間後、ムガル・サラーイ駅へ到着するころには
完全に発熱していたが、この時はまだ何としても
ブッタガヤへ行くという強い信念があった。

出発までまだ1時間半もある。
しかも、どうせまた遅れるに決まっている。

まずは、熱を下げなければいけない。
今朝、フロントでもらった解熱の薬を飲むためには何か胃に入れなければ。
売店でリッツみたいなお菓子を買う。
全然、食べたくないんだけど無理やり3枚口に押し込んで
パサついてむせながらも食べた。
大体、今思えば朝ごはんも食べてないのに
リッツ3枚くらいすんなり食べられない時点で相当弱っている。

それから、解熱剤を流し込む。

これで治るはず!!



1分後、その場で嘔吐・・・

これ、薬全部出たな・・・ 

ついにブッタガヤ行きを迷い始める。

26日のお祭り前にやっとの思いでとったチケットを捨て
また1時間かけてバラナシへ戻るのか?

このまま、ブッタガヤへ行くということは
列車に4時間乗ってガヤ駅に到着。その後、オートリキシャと
怒鳴りあいの値段交渉をしてブッタガヤまで30分
そのあと、重い荷物を引きずって宿探し

無理かもしれない・・・
これをする体力がもはやない。

バラナシのゲストハウスにさえ戻れば、日本語が通じるラージさんがいる。

こうしている間にもだんだん熱が上がってきている気がする。

もうダメだ。
ブッタガヤはあきらめよう。

もう、立ち上がることもしんどくて座ったまま
前を歩くライフルを持ったポリスに蚊の鳴くような声で
「えくすきゅーずみぃ」と3回言うと近寄ってきてくれた。

ガンガ・フジ・ホームのネームカードを出し
頼むからここに電話してくれ、私は具合が悪いということを
最後の力を振り絞って伝えた。
ポリスは駅の入り口に私を連れていき、ド真ん中に簡易椅子を持ってくると
「ジャパニ シッダウン」と言う。
すでに地べたに座り込み、椅子に座るという行為さえ辛い私。
けど、あまりにしつこいのでなんとか椅子に座る。

この時、すでに私を中心にインド人の人だかり数十人。
何だ?どうした?ってカンジだと思う。
ある程度の不安から解放された安心感と体のしんどさと
ブッタガヤに行けなかったくやしさとかいろんなものが混じって
涙がこみ上げる。


そして、どこからか携帯を持った男を連れてきて電話をしてくれている。
電話は無事繋がったが、電話口にいるのは今朝フロントで解熱剤をくれたラジャだ。
不運にもラージさんは外出中で戻るのは夜22時だという。
これ以上、できない英語で話しても意味ないので
とにかく具合が悪いから今から帰るということを伝えて、男に電話を変わった。
きっとゲストハウスの場所を説明してくれているのだろう。そして、男はTAXIの運転手だろう。

厚かましいついでに列車のキャンセルも男に頼んだ。
紙への記入が必要だが、男がほぼ代筆してくれ半額戻ってきた。
すべての行為をポリスが見ている為、下手なことはできない。
最初にポリスに声をかけたのは正解だった。

それから、Rs.200でオートリキシャできた同じ道を
今度はRs.700(エアコンチャージRs.200)もかけてTAXIで戻る。
その額3倍以上・・・

男はTAXIドライバーではなかったがTAXIに同乗した。

私はクーラーの効いたTAXIで爆睡した。

1時間後、「着いたぞ」と言われTAXIから降ろされる。
男は重い私のバックパックを担ぎ、迷路のようなバラナシの小道を
一度も間違えずにガンガ・フジ・ホームまでたどりついた。

男はゲストハウスからまたポリスに電話をしているようだった。
報告だろうか?

すでに大分楽になった私は損保ジャパンに電話をかけ
紹介された病院へいった。

そこで点滴6本とおしりに注射を1本打たれた。
薬をもたされ、明日12時にもう一度こいと言われた。

夜になってラージさんにすべて話すと
どうも私が行ったところは悪い医者だという。
保険屋からたくさんお金をもらうことだけを考えていると言った。

その通り、私はその晩から発熱した。
体温計がないので分からないけど、体感では39度はあったと思う。
嘔吐を繰り返すが、朝からほとんど何も食べてないので出るものがない。

辛すぎて、ラージさんを夜中に叩き起こし、解熱剤をくれと言った。

それでも熱はいっこうに下がらず、朝になってラージさんおすすめのドクターを
呼んでくれることだけを信じて一晩、高熱に耐え続けた。

次に目を覚ますと、ラージさんが新しいドクターを連れてきていた。
血液検査もしてくれた。ここから、注射をしたのか薬を飲んだのか
何も覚えていない。これが何時の出来事なのかも分からない。

そーいえば、ラージさんがおかゆを食べさせてくれた気がする。

次に目を覚ましたのは22時だった。
熱は下がっていて、ラージさんがMEGU CAFEから巻き寿司を買ってきて
くれていた。3個ほどほおばるとまたスグ寝た。

起きると朝だった。一体、どのくらい寝たのか?
この間、同じ宿の台湾人は解熱剤を持ってきてくれて
日本人(後にシュンスケ君と判明)はアクエリアスの粉をくれた。

みんなに感謝!!

私はどうやら腸チフスにかかったらしい。
おかしいな、腸チフスのワクチン、バンコクで打ったんだけどな・・・

腸チフスは長丁場らしく、ハリドワール・リシュケシュもあきらめることになった。

無念・・・

そして、バラナシ療養生活が始まる・・・
004 インド | コメント:(6) | トラックバック:(0)
コメント:
あらら。
良い宿に泊まっていて良かったね。
まだ先は長いので休養して、治ったら次に楽しい事が待ってるよ!マヤ暦の計算間違っていて、昨日か一昨日位で終わって、
新しい年に入ったみたいよ(笑)丁度毒だしだ!
ワクチンも受けてたからかからないわけじゃないし、おかげでこれくらいで済んだってことで。

活動再開待ってまーす
あわわわ
超大変やん( ̄○ ̄;)
途中で引き返して正解やったな。
無理に行ってもダメやったし、自分が安心できるとこで療養した方が絶対早く治る気がする。

でも大変やったなー・・・。
今はスッカリ良くなったと信じたい。
Re: あらら。
ご心配ありがとう。
ちょうど、インドもディワリっていう旧正月的な祭りで
ATMが休みだったり、列車のチケットがとれなかったり難儀していますが、
体調はすっかりよくって、インドは全然予定どおりぢゃなかったけど、
予定どおりヨルダンにいけそうな気がしています。
Re: あわわわ
地獄の一晩を過ごしたけど、それからは元気!
バラナシで完全オーバーステイしたけど
元気になってよかった。自分で言っちゃう。
お大事に
うわ、大変やったね。とりあえず今は大丈夫なようで
ヨカッタヨカッタ!

ワクチン打ってても油断できひんなぁ。
海外で病気になると心細いよなぁ。でもちゃんと
助けてくれる人が周りにいてよかったね。私なら
泣いてるわ(;;)

次の国へ順調に移れるよう祈ってるよ!
Re: お大事に
泣いた泣いた
最悪、一時帰国やなって思ったもん

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